そういえばあの時

思い出したら書きます。

君は今まで撮った写真の枚数を覚えているか。

ろくなものを食べていないから、写真を撮る機会がぐっと減った。
思えばカメラがこんなに身近になったのはいつからだろう。

カメラ、写真の話をするときに僕はいつも思い出すことがある。
中学校で同じクラスだった井上君は、まぁヤンキーで問題児だった。
当時そこそこ仲が良かった僕は修学旅行の夜、彼と二人っきりで話をした。

少しかびの匂いがするふるい旅館の押し入れの中だったと思う。
みんなが道中のいたるところで写真を撮る中、彼はカメラを構える事は一度もなかった。

その事を聞くと、カメラを持ってきてないという。
「大事な事は、しっかり目で見て、心にとっとけばカメラなんていらんよ」 

彼の台詞は、中二病のそれではなく、しっかりと意志を持った一人の大人の言葉だった。
僕は感動して、旅行カバンに大量につめた駄菓子を彼に振る舞った。 

修学旅行の夜の、甘酸っぱくはないけれども、素敵な思い出だ。


余談だが、僕らは別々の高校にいった。
井上君がバイクで事故を起こし入院したと聞いたので、
当日付き合っていた彼女と使ってもらおうと、
大量のコンドームを抱えてお見舞いにいったら、それから口を聞いてもらえなくなった。

あの時はごめんなさい。

大人大人大人

最近周りの人がもういい歳なんだからということをよく言っている。
彼らがいい歳なら、僕も同じようにいい歳なんだろう。
なんてったって同い年なんだからね。

昨日、正確に言うと日付かが変わったから一昨日。
久しぶりにプールに行ってきた。区民プール。
夏は小学生でぐちゃぐちゃになる区民プール。

GW前半の休みの最終日の午後8時は比較的すいていた。
あぁそういえば、去年もGWにこのプールに来たな、と思い出した。

あの時は転職もうまくいき、給料も上がり、どんどん欲が出てきた頃だった。
自分なら何でもやれる、そう思っていた時期でもあった。

あれからどうだろう。
幸いなことにまだ仕事には付いているし、引き合いも多い。
僕の職場での価値というのは確実に上がってきてはいるだろう。

その反面、週末はただ泥のように眠り、夕方から起きだして外でご飯を食べる。
本当になにもない週末だと頭がおかしくなりそうだから、インターネットカフェにいって
漫画を読む。
そしてコンビニに寄って家に帰る。

前は違った。少なくとも去年プールに来ている頃は希望に満ちあふれていた。
次の休みはどこに行こう。何を食べよう、何を見よう。
あぁ、あのイベントはもうすぐ終わるから必ず行かないといけない、と精力的に活動していた。

そのエネルギーはもうどこにもないし、側に誰もいない。
ここでようやく気付いたりする。

クロールで100メートル泳ぎ、息が上がってしまったから
平泳ぎに変える。カエルを意識して、ゆっくりと手足を動かす。

そうそう、一年ぶりのプールだけど体はちゃんと覚えている。
前に進むじゃないか。ちゃんと。

気付いたんだ。人は自分のためには頑張れない。
少なくとも僕はそう。人は誰かのためじゃないと頑張れない。
僕も、自分のためじゃなく、誰かのためじゃないと頑張れない。

高校一年の頃、西日の射す教室で、担任の先生に
「お前はこのままじゃ絶対駄目になる。くずだ!人間の!」とお叱りを受けた。

その時は遅れてきた反抗期ということもあり、
「そんなことはない。何か大きな物事を成し遂げる人間はそう見えるものだ!」
なんて思っていた。

大間違い。大バカ。どうしようもない。脳みそがわいちゃってる人である。
だけど、今ようやくそうなのかなぁと思ってきた。

僕は間違っていて、自分のために何かをしようとしてもきっとうまくいかないってこと。
それができていなかった今までは力技でなんとかくぐり抜けてきた、
いわば運が良かっただけってこと。

そう。明日からは少しだけかもしれないけど、誰かのために頑張ろう。

絵文字

昨年だっただろうか。

母親が携帯をらくらくフォンにして、よくメールがくるようになった。

しかも、毎回こってこてのデコメなのだ。

絵文字すらろくに使えない僕は、いつもそっけないメールを返すんだけど、

毎回それじゃさびしいかなと思って、少しだけ、絵文字をつかう。


お久しぶりです。
元気でやっております。
そちらも、もう寒いでしょう。
こっちは寒いです。
相変わらず僕は部屋では服を着ませんが。
それではまた、年末には帰ります

こんなメールを送って、最後にひとつ絵文字を載せる。

ハートでもなく、星でもなく、笑顔でもない。

そう、うんこの絵文字だ。

でもたぶん、むこうはドコモだから表示されていないはずなんだ。

「年末には帰ります=」ってなってるはずだ。

最後にどんな絵文字が入っていたのか。

向こうにはわかるすべはないけれど、

わからないほうがいいことってあるよね。

だって、面とむかって母親にハートマークなんて送れないじゃないか。

気恥ずかしくって「いつもありがとう」って言えないのと同じさ。


だから、ぼくはうんこの絵文字を毎回最後につけるんだよ。

お弁当男子の見る夢

連休明けの火曜日。重い体を引きずりながら、今週は四日で休みだからと自分に言い聞かせ出社する。
先週までに片付かなかった案件の調整をしているうちに一日は終わってしまった。
19時をすぎると、自分自身で集中力が落ちているのがわかったから、会社を出ることにした。

昼間は暑かったけど、夜になると涼しい風が吹いている。
駅までの10分間。いつも一人でとぼとぼと歩く道を、今日はサッカーがあるということで、
早めに帰る先輩と一緒に歩くことになった。


サッカーに詳しくない僕は、一人暮らしってことくらいしか先輩と接点がなかったから、最近はまっている自炊の話をした。


「最近フライパンを買ったんですよ」

『おー、いいやつ?』

「いや、安いやつです。でも焦げ付かないから料理作るのが楽しいんですよ」

『そうかー、いいね、自炊』

「はい、料理って、上手な人は調理しながら片付けるじゃないですか」

『そだねー、俺はいつもぐちゃぐちゃだわ。片付けがめんどくさいから自炊はしない』

「はは、先輩らしいですね。話は飛躍しちゃうんですけど、人生も終わるときって、綺麗に片付けたほうがいい気がしますよね」

『んー、どうだろ、いつもそういうこと考えてるの?』

「はい、基本的にいつもこんなです」

『そうかー、真面目なんだね』


目の前の信号が点滅しだしたので、二人で走った。
この横断歩道は、おばあちゃんなら渡りきれないくらい長い。
そのわりに青になってる時間は短い。
赤になると、待ってましたとばかりに車が横切る。

少しあがった息を整えながら、僕は先輩に聞いた。


「先輩はそういうこと考えないんですか?」

『考えないなー。サッカーのことと、ビールのこと、あと仕事のことは、考えないな』


そう言ってアハハと笑う先輩は、強い人なんだろうなと思う。
僕なんかと比べ物にくらい強い人なんだろう。
それとも僕が弱すぎるんだろうか。


「死に向かってどんどん片付けていって、最後はなんにも残らないって悲しいですよね」

『うん、悲しい』

「昨日それに気づいてまだネガティブなんです」


あとでわかったんだけど、総武線に乗る先輩は少しだけ遠回りして、僕が乗る電車のホームを通って自分の乗り場に行った。


『料理がうまい人はさ』

「はい」

『料理が終わって、片付けも同時に終わるんでしょ?』

「そうですね」

『片付け終わったキッチンだけ見たらなにも残ってない』

「はい」

『でも、うまい人ってのは、料理と片付けが終わったとき、テーブルにいっぱい美味しそうな料理を並べることができるんじゃない?』

「あ、そっか」

『そう、だから死ぬのも、生きるのもそんなに悪くないんじゃないの?お前の葬式には俺出てやるよ』

「先輩の方が先に死んじゃうんじゃないですか?」

『いや、俺はW杯で日本が優勝するところを見るまで死ねない!』

「あはは、じゃあ、一生死ねないですね」

『そうなんだよーっておい!』

「ありがとうございます、なんか元気でました」

『いやいや、話せて面白かったよ』

「あ、はい。僕もです」

『今度飲みに行こうぜ』

「ぜひ。給料日後じゃないとしんどいですけど」

『そだね。あと、今日サッカー見ること。日本応援しろよ』

「んー、はい。見れたら見ます」

『おっけー、じゃあまた明日』


ちょうど僕の目の前には電車が滑り込んでくる。

エスカレーターに乗る先輩の後姿を見ながら、電車に乗り込む。


さて、今日は帰って何を作ろう。